誤解から学ぶ緑内障

  誤解の根源 「急性緑内障発作」 ー起源はヒポクラテスの時代にありー

  1. まとめ

    ここまで記述してきた緑内障に対する「誤解」を改めて列挙します。

    その一 黒く欠ける

    その二 突然失明

    その三 眼圧が高い

  2. まとめ

    一言に「緑内障」といっても様々な種類があります。

    まずは大きく「原発」「続発」「小児」の三つに分類されます。

    2番目の「続発緑内障」。外傷もしくは眼内の炎症により眼圧が上昇し発症する緑内障です。3番目の「小児緑内障」は文字通り子供に発症する緑内障です。両タイプとも全緑内障に占める割合は少ないものになります。

    対して、1番目の「原発緑内障」。上記のような特殊な事情なしに発症する緑内障のことです。 “原発”とは「最初に発症する」の意、 “続発” に対する言葉です。

     

    「原発緑内障」は「隅角の広さ」によりに二分されます。

    隅角が広いタイプの緑内障を「開放隅角緑内障」と呼びます。病気は概して「急性」と「慢性」に二分されますが、このタイプの緑内障には「慢性」しか存在しません。

    本サイト全般で解説してきた「緑内障」はこの「慢性原発開放隅角緑内障」に関するものです。全緑内障患者さんのうち大多数を占めます。

    対して隅角が狭いタイプの緑内障を「閉塞隅角緑内障」と呼びます。このタイプの緑内障には「急性」「慢性」があります。慢性の “閉塞” 隅角緑内障は、慢性の “開放” 隅角緑内障とほぼ似た経過を辿ります。両者をまとめて「慢性緑内障」と考えることも出来ます。

     

    隅角が狭くかつ「急性」に発症するのが、今回の主役である「急性閉塞隅角緑内障」です。「急性」は「閉塞隅角」にのみ存在するので、「急性緑内障」と略しても差し支えないと思います。

    さらっと「開放隅角」「閉塞隅角」といった専門用語を使ってしまいました。解説します。

  3. まとめ

    「隅角」とは呼んで字のごとく「隅っこの角度」のことです。

    目の解剖のお話です。

    眼球の入り口は「角膜」、通常「黒目」と呼ばれています。

    入り口の次は「虹彩」、通常「茶目」と呼ばれます。人種により色が大きく異なります。西洋人の「虹彩」色素量は少なくゆえに青くなり、いわゆる「青い眼」になります。

    虹彩の真ん中には孔が空いており「瞳孔」と呼ばれています。虹彩の一番大切な役割はこの「瞳孔」の大きさを変えること。これにより眼球内に入ってくる光の量を調節することができます。

    この「角膜」と「虹彩」が交わる「隅っこ」で作られる「角度」、これを「隅角」と呼びます。

  4. まとめ

    この「隅角」付近には「眼圧」を調節するための組織が集結しています。

    「眼圧」は眼内の水(房水)の量で決まります。「房水」は虹彩の裏にある「毛様体」で産生され眼内を循環します。循環後「房水」は虹彩の根元にある「線維柱帯」にて濾過され流出します。

    これらは全て「隅角」付近にあります。まさに眼圧調節の司令塔とも言えます。

  5. まとめ

    「隅角」とは角膜と虹彩で作られる「角度」のことです。この「角度」にも、個人差があり、以下のように呼ばれています。

    広いもの(30度以上)「開放隅角(広隅角)」

    狭いもの(30度未満)「閉塞隅角(狭隅角)」

  6. まとめ

    改めて分類に戻ります。

    まずは「原発、続発、小児」に分類。「原発」はさらに「隅角の大きさ」「急性、慢性」で分類。

    隅角の大きさに関わらず「慢性緑内障」は存在し、全緑内障患者さんのうちの大多数を占めています。本サイト全体の主役でもあります。

    対して、「隅角が狭く」かつ「急性」のものが「急性閉塞隅角緑内障」です。本章「誤解の根源」限定の主役です。

    この緑内障は今まで解説してきた「慢性緑内障」とは全く違う性格を秘めています。

  7. まとめ

    急性閉塞隅角緑内障(以下、急性緑内障と略)とはどういった病気でしょうか?

    「隅角」が発症のメインステージになります。

    通常であれば虹彩と角膜内面にはそれなりの「隙間」があります。しかし、図7のように虹彩が角膜方向に前転し「線維柱帯」と接するとどうなるか。

    排水溝である「線維柱帯」が閉ざされ「房水」は流出できなくなり眼球内に溜まる一方です。眼圧は房水量で決まります。結果「眼圧」はどんどん上昇、標準の眼圧 “20mmHg” の3倍、 “60mmHg” ぐらいまで上昇してしまいます。

  8. まとめ

    そこまで異常な高眼圧になるとどうなるか。

    まずは強烈な「眼痛」が生じます。その痛みは眼球が原因とは思えないほど頭部全体に波及します。「眼精疲労」等でなんとなく目の奥が痛い重い、といった症状がありますが、それとは比べものにならならいほどの「強烈な痛み」です。 

    もちろん「視神経」にも影響を与えます。異常な高眼圧の時間が長引けば長引くほど、視神経に与えるダメージも大きくなり、短期間で失明に至ることもあり得ます。

    治療に関しては、まずは眼圧を下げる点滴を行います。基本それだけで眼圧が下降し、痛みも緩和します。症状が軽減しない場合は手術を行います。

    治療法は確立しているので、早急に眼科を受診すれば比較的すんなり解決します。視神経のダメージも最小限で留めることが出来ます。

    しかし、眼痛が強烈かつ頭部全体に波及するがゆえ、眼科疾患とは思えず他の診療科を受診してしまう患者さんも多くおられます。

    結果、眼科受診が遅れ、患者さんの「強烈な痛み」は長時間継続、視神経のダメージも大きくなる、といった事態が生じてしまいます。

  9. まとめ

    急性緑内障の特徴をまとめると「眼圧が高く突然失明」しうる病気なのです。

     

    ところで、「眼圧が高く突然失明」 は、ここまで散々「緑内障に対する誤解だ」 と説明してきました。ところがこの特徴は「急性緑内障」には当てはまってしまいます。なぜこのような「くい違い」が生じているのでしょうか? 

  10. まとめ

    答えは簡単です。 急性緑内障と慢性緑内障。同じなのは 「緑内障」 という名前のみ。両者の性質は全く別物、まさに真逆なのです。

    「誤解」 は状況によっては 「正解」 になり得ます。

    場所、時代、環境、積み上げられた知識量、その他諸々、そんな状況の変化に合わせるがごとく「誤解」 は 「正解」 に、 「正解」 は 「誤解」 に、変わり得るのです。

    「眼圧が高く突然失明」

    “急性” 緑内障に関しては「正解」です。

    “慢性” 緑内障に関しては「誤解」です。

    視点を変えてみます。

    将来的に「緑内障とは眼圧が低く急には失明しない病気」というイメージが世界中に広がったとします。すると以下のような認識も生まれるかと思われます。

    「 “緑内障” で眼圧が高く急に失明なんぞ、あるはずもない」

    “慢性” 緑内障に関しては「正解」です。しかし “急性” 緑内障に関しては「誤解」になります。結果「急性緑内障」に対する認識が甘くなり、多くの「急性緑内障」患者さんを苦しめる事になるかもしれません。

    性質が真逆の「緑内障」が存在すること、これが「誤解の元凶」なのです。

    とは言いつつ「急性」「慢性」ともに共通点があります。それは両緑内障とも「視神経が障害される」ことです。かつ、「障害された視神経の回復は出来ない」ことも共通しています。

    緑内障治療でできることは「眼圧を下げる」こと、それにより「視神経を間接的に守る」ことのみです。それは「急性」であっても「慢性」であっても同じです。

    なお「急性」においては「眼圧下降」により「強烈な眼痛」も軽減します。

  11. まとめ

    緑内障の “誤解” について、歴史的な面から考えてみたいと思います。

    ポイントは、「慢性緑内障」は比較的新しい病気であること。対して「急性緑内障」の歴史はかなり古いこと、です。

    「急性緑内障」ですが、古くは「あおそこひ」と呼ばれていました。この「あおそこひ」の語源について考えてみたいと思います。

    急性緑内障の根源は、急激な眼圧上昇です。

    眼圧上昇とは眼球内の「房水量増加」でもあります。行き場をなくした「房水」は諸々の組織に染み込んでいきます。眼球の入り口にあたる「透明な角膜」もそんな組織の1つです。多量の房水を吸い上げた結果「角膜」の透明性は失われてしまいます。

    図11ですが、左図が正常、右図が高眼圧の状態です。「高眼圧」になると右図のごとく「角膜」の透明性が失われます。

    その結果、眼の「外観」はどうなるか。

    「青く淀んだ」感じになります。この外観が「あおそこひ」の語源だと考えられています。「青」というよりも「蒼」と表現した方が良いのかもしれません。

    そして緑内障の「緑」の起源は “あおそこひ” の「青」です。

    急性緑内障の概念は紀元前からあったようです。ヒポクラテスの著書に「目が地中海のように青くなり失明する」との記述があります。これこそ、まさに急性緑内障の症状と言えます。なおその時代、本疾患は “Glaucosis” と呼ばれていたようです。 “Glaucosis” を元に生まれたのが「緑内障」の英語訳に当たる以下の言葉です。

    “Glaucoma”

  12. まとめ

    ヒポクラテス以来、緑内障とは基本「急性緑内障」のことであったと推察されます。なぜなら「慢性緑内障」は年齢に大きく関係する病気だからです。その点について考察します。

    まずは、前述した多治見スタディーです。「“慢性” 緑内障」の年齢別の有病率が調べられました。結果、60歳以上になると有病率が急に高くなることが分かりました。

    つまり「慢性緑内障」の患者さんのほとんどが「60歳以上」ということになります。

  13. まとめ

    次に、日本人の年齢別 “人口割合” が昔と今とでどれくらい変化しているのか、です。

     

    推定ではありますが、江戸時代のデータも発見しました。なお、発見できた最古データは 1813年のもの。第11代将軍「徳川家斉」の時代です。「伊能忠敬」が活躍していました。

    「14歳以下」「15から64歳」「65歳以上」の3つのグループ別に「人口割合」の経過をグラフにします。すると 1960 年頃までは 60 歳以上の人口割合が極めて少ないことがわかります。

    「慢性緑内障」を発症する患者さんのほとんどが60歳以上です。慢性緑内障になる年代の割合が全人口に対して少ないのなら、その患者数も少なくなるはず。

    以上から、1960年頃まで「慢性緑内障」の患者数は少なかった、少ないどころか稀だった。となると、1960年頃までの主たる緑内障は「急性緑内障」だったのでは、と推察されるのです。

    慢性緑内障のほとんどが「眼圧が低いタイプ」のものですが、こういった緑内障の存在が論文として初めて報告されたのが 「1949 年」なのです。「紀元前」には「急性緑内障」の記録がなされていいるので、それに比べればごく最近のことになります。

    つまり長い人類の歴史において、主たる緑内障は「急性緑内障」だったと言えます。「慢性緑内障」はまさに「新参者」なのです。

    「急性緑内障」が「 “オリジナル” 緑内障」なのです。

    「急性緑内障」の「眼圧が高く突然失明」する特質は、紀元前から悠久の歴史の時間をかけて、世界中の人々の心の中にしっかりと植えつけられてきた、と思われます。

    そんな中、つい半世紀ほど前、同じ “緑内障” という名前を一部に有した、 “新参者” たる「慢性緑内障」がやってきた。 “緑内障” が名前の一部にあるのです。 人々がこの “新参者” 「慢性緑内障」に対しても、慣れ親しまざるを得なかった「急性緑内障」と同じく、「眼圧が高く突然失明」というイメージを抱くのは、むしろ自然なことなのかもしれません。

    結果「誤解」が生じたのです。

  14. まとめ

    「急性緑内障」はまずは「高眼圧」ありきです。「高眼圧」から始まる眼痛等の症状の果てに「視神経の障害」が生じます。

    「慢性緑内障」は「視神経の障害」ありきです。視神経を障害から守るために「眼圧」をコントロールします。

    「視神経」と「眼圧」という共通点はあれど、「急性緑内障」と「慢性緑内障」とは根本が全く違う疾患なのです。

    そもそもは「慢性緑内障」には別の名前をつけるべきだったのかもしれません。

    なぜなら、緑内障の語源たる「青い眼」、これを「慢性緑内障」で認めることはあり得ませんので。

  15. まとめ

    いよいよ「急性緑内障」の機序、治療に関するお話です。

    まず初めに「急性緑内障発症」の可能性について。

    実は「近視眼」においては、眼球の構造上、「急性緑内障」を発症する可能性が低くなります。

     

    隅角の話に戻ります。

    この角度は眼球によって異なり、0度から45度ぐらいの範疇に収まっています。

    この角度が狭いと、虹彩と線維柱帯の距離が近くなり「急性緑内障」を発症する可能性が高くなります。

    45度ぐらいあればまず発症しません。30度よりも狭くなると可能性が生じます。なお、隅角が広い状態を「開放隅角(広隅角)」狭い状態を「閉塞隅角(狭隅角)」と呼びます。

  16. まとめ

    隅角の広さの判別はどうするか。最近は計測機器も多数開発されています。が、そういった仰仰しい機器がなくても、眼科で一般的に使用している「顕微鏡」と隅角観察用の「特殊なレンズ」で直接隅角を観察することにより判別可能です。眼科医にとって「隅角観察」は必須のスキルです。

  17. まとめ

    最終的には「隅角観察」による判別は必要ですが、そういったことなしに、ある程度の推察はできます。

    何が「隅角の広さ」を決めているのか。実は「隅角の広さ」は「眼球の大きさ」と相関しています。眼球が “大きい” ほど隅角は “広く” なるのです。そして「眼球の大きさ」は「遠視か近視か」をも決めています。

    眼球が小さいのは「遠視眼」です。「遠視眼」は眼球が 小さく 隅角も狭くなります。それゆえ「遠視眼」において「急性緑内障」を発症する可能性が高くなります。

    逆に「近視眼」であればその可能性は低くなります。

  18. まとめ

    「眼球の大きさ」つまり「隅角の広さ」とともに「急性緑内障」発症に影響を与えているのが「虹彩」です。

    というわけで「虹彩」の大事な役割「縮瞳」「散瞳」 について解説させていただきます。

    「虹彩」は光の通り道「瞳孔」の大きさを変え、眼内に入る光の量を調節しています。カメラにおける「絞り」と同じです。

    「虹彩」が折りたたまれ、その根本である「隅角」付近に集結すると「瞳孔」が大きくなります。この状態を「散瞳」と呼びます。眼科で頻繁に施行される「散瞳検査」は、この状態を点眼剤により作り出し、眼球の中を見やすくしています。

    逆に、虹彩が中心に向けて引き伸ばされると「瞳孔」が小さくなります。この状態を「縮瞳」と呼びます。

    隅角の広さはこの「縮瞳」「散瞳」により変化します。「散瞳」すると虹彩が「隅角」付近に折り畳まれ集結するため、角膜内面と虹彩の距離は小さくなり、結果、隅角は「狭く」なります。「縮瞳」すると虹彩が中心に向けて引き伸ばされるため、角膜内面と虹彩の距離は大きくなり、結果、隅角は「広く」なります。

  19. まとめ

    「急性緑内障」は実際にどういった機序で発症するのか解説します。なお、その劇症さゆえ眼科医の間では「発作」とも呼ばれています。

    「急性緑内障」その “きっかけ” は「中程度散瞳」と「水晶体前方移動」です。「水晶体」とは「虹彩」の裏にある「レンズ」の役割を果たす部分です。白内障で混濁するのはこの「水晶体」です。

    房水は毛様体で産生され隅角から流出するその途中、水晶体と虹彩の間「瞳孔」を通ります。もし “瞳孔” 辺縁の虹彩が水晶体と接触したら、房水の流れが止まってしまします。この状況を「瞳孔ブロック」と呼びます。

    「瞳孔」の開き具合により「瞳孔ブロック」発症の可能性は変化します。実は 100% 散瞳しきってしまった方が、むしろ発症しにくくなります。一番可能性が高いのが「中程度散瞳」中途半端な瞳孔状態の時なのです。そこに「水晶体前方移動」が加わると「瞳孔ブロック」が完成します。

    「水晶体前方移動」の理由は様々です。単純に「うつ伏せ」になるだけでも生じます。

    「瞳孔ブロック」により行き場をなくした房水は、隅角近くの虹彩を押し上げます。すると虹彩は房水の出口、つまり「線維柱帯」に接触してしまいます。

    これにより房水の出口は完全に閉塞、結果、眼圧が急激に上昇します。

    ポイントはここで虹彩が動きを止めてしまうことです。 “散瞳” でも “縮瞳” でも良いのです。どちらかに動けば「急性緑内障」は解除されます、が、眼圧が上昇すると眼球全体が圧迫され、同時に眼球内のあらゆる組織の血流も悪化します。「虹彩」においても血流が悪化し動きが停止、「中程度散瞳」のままになります。この結果「急性緑内障」は解除されず継続されてしまいます。

  20. まとめ

    改めて「急性緑内障」を生じ得る条件を考えてみます。

    まずは前述のごとく眼球が小さいこと。これが前提です。

    眼球が小さく隅角が狭いと虹彩と線維柱帯の距離が近くなり「急性緑内障」発症の条件である「隅角閉塞」の可能性が高くなります。

    興奮した時も急性緑内障を生じる可能性があります。興奮時、瞳孔はやや開き気味、つまり「中程度散瞳」状態になります。これが「キッカケ」となり「急性緑内障」を発症することもあり得ます。

    大相撲を応援中「朝青龍」が投げられた瞬間に急性緑内障発症した患者さんがおられました。よほど興奮したのでしょうか?

    「緑内障禁忌」と表記されている薬剤、何故に「禁忌」か。これは「散瞳」を誘発する成分が含まれているからです。この点に関しては非常に長くなるので次章に譲ります。

    子供の頃「暗いところで本を読んだらダメ」と口酸っぱく言われたかと思います。ただし「ダメ」の理由を正確に語ってくれるオトナは一人もいませんでした。

    無事オトナとなり、縁あって眼科医となり想うに、「ダメ」の理由はおそらく「急性緑内障」ではないかと。

    「暗いところで本を読む」状況は「急性緑内障」発症の条件を満たしています。「暗いところ」では瞳孔は開き気味、つまり「中程度散瞳」状態になっています。かつ「本を読む」時は、やや下方を向いているので「水晶体前方移動」が生じます。

    古くは「暗いところで本を読んでいた人」の多くに「急性緑内障」が発症したのかもしれません。その劇症さゆえ人々の印象に強く残り「暗いところで本を読んだらダメ」という「言い伝え」が生まれたのでは、と考えています。

    「言い伝え」にはきっと何か理由があるものです。

    この理論でいけば、仰向けに寝そべりながら本を読んでも「急性緑内障」にはならないかと思います。が、身体全体が疲れるので、避けたほうが良いかと思われます。

  21. まとめ

    もう1つ大事な事。「急性緑内障」発症に緑内障の既往の有無は関係ありません。関係するのは「隅角の広さ」のみです。

    「慢性緑内障」で経過観察されていても、隅角が広ければ「急性緑内障」発症の確率は極めて低くなります。

    逆に「慢性緑内障」の既往がなくても、隅角が狭ければ「急性緑内障」発症の可能性は高くなります。

    「急性緑内障」とは、今まで緑内障に “縁” がない人でも発症し得る病気なのです。

  22. まとめ

    次は「治療」です。「急性緑内障」になれば、一刻も早く「解除」せねばなりません。

    まずは「利尿剤」の点滴をし「房水」の量を減らします。これだけでほとんどの方の「急性緑内障」の発作症状が軽減します。「急性緑内障」の発作症状「強烈な眼痛」が軽減すれば、治療完了です。

    急性緑内障の「歴史」やら「リスク」やら「機序」の説明に要した文量に比べれば「治療」に関しては呆気ないかもしれません。が、急性緑内障の主症状である「異常な高眼圧と強烈な眼痛」に対しては、基本「点滴」のみで呆気なく解決できます。

    実際の現場でも「呆気ない」ものです。あれほど痛がっていた患者さんが、30分程度の点滴のみで一気に軽快、まさに「何事もなかった」かのように普通に会話されたりする、そんな事が夜半の病院で多々ありました。

    ただし「急性緑内障」の発作症状が解除しても再発の可能性があります。そのため再発に対るする「予防的処置」が取られます。大きく2つの方法があります。

    「虹彩切開」もしくは「白内障手術」です。

    なお、予防的な処置は、以前は「急性緑内障」の発作症状解除 “直後” になされていましたが、現況では「比較的早急」に行うことになっています。

    なぜなら「急性緑内障」による眼球のダメージは想像以上に大きく、それゆえ 発作症状解除 “直後” に処置すると、眼球にさらなるダメージを与えかねません。

    また、現実問題として「発作症状解除直後」は諸々の処置ができない状況にもなっています。

    具体的に言えば、後述する「レーザー光」による「虹彩切開」においては、「角膜が透明である」ことが必須です。

    「レーザー光」は「角膜」を通過して処置すべき組織に到達します。「急性緑内障」の特徴である「角膜混濁」は発作症状解除 “直後” は残存しており、それゆえ「レーザー光」は角膜を通過できず効果的な照射ができません。ゆえに「角膜混濁」が軽減してきた「比較的早急」なタイミングを待ってからの「レーザー処置」になります。

    なにせ「急性緑内障」騒動で患者さんも疲れ果てているかと思われます。そういった状況下での処置は患者さんにさらなる負担を与えてしまい、かつ、そういった状況下では得てして処置が適切にできなかったりするものです。ゆえに「少し休憩」してから処置をすべきなのです。それ位の余裕はあります。

  23. まとめ

    「予防的処置」の具体的な方法です。

    まずは「虹彩切開」、隅角近辺の「虹彩」に「穴」を開けます。房水の「バイパス」の役目を果たしてくれます。これにより、万が一瞳孔ブロックが生じても「バイパス」ができているので、房水はその「穴」から出口である「線維柱帯」に向けて流出することが出来ます。

    「穴」の開け方として「レーザー」によるものと、剪刀で実際に虹彩を切開するものがあります。一般的には「レーザー」による処置が選択されています。

    しかし「レーザー」による虹彩切開には副作用があります。「レーザー」のエネルギーにより「角膜」が障害を受け、後々濁ってしまうことがあり得るのです。また、房水の流れが変化することが影響するのか、白内障の進行が早くなってしまう事もあります。

  24. まとめ

    そういったレーザーの副作用を避けるため「急性緑内障」の予防的処置として「白内障手術」を選択する例が増えています。

    なぜ、白内障手術が「急性緑内障」の予防になるのか。

    「白内障」とは虹彩の裏にあるレンズ「水晶体」が濁ってしまう疾患です。この濁った「水晶体」を取り出し、透明な「眼内レンズ」に入れ替えるのが「白内障手術」です。

    元々の「水晶体」と「眼内レンズ」とでは容積が違います。「水晶体」の方が明らかに大きいです。白内障手術により、「大きい水晶体」から「小さい眼内レンズ」に入れ替えると、水晶体の前面にあった虹彩はその容積差の分だけ後転し角膜から離れます。

    この結果、隅角が広くなり「急性緑内障」発症の可能性が低くなります。

  25. まとめ

    残念ながら点滴しても「急性緑内障」が解除せず「高眼圧と強烈な眼痛」が継続してしまう症例もあります。そういった症例は早急に手術となります。

    基本的には「白内障手術」を施行します、が、手術の難易度としては通常の白内障手術よりも高くなります。状況によっては、水晶体のさらに奥にある「硝子体」の切除が必要になることもあります。

  26. まとめ

    最後に「急性緑内障」発症の可能性はあるものの、現状病気ではない「正常の人」、つまり「隅角が狭い正常の人」に対する「予防的処置」に関してです。

    実は、眼科医にとっては、一番の悩みどころなのであります。

    「予防的処置」の適応に “異論なく” なるのは「急性緑内障発症した眼ならびにその片眼」のみです。「急性緑内障発症した眼」にて急性緑内障が再発する可能性は高く「その片眼」についても急性緑内障発症の可能性が高くなります。

    「急性緑内障」を発症した患者さんに対しては、基本的には両眼とも「予防的処置」を施行します。

    では、急性緑内障を発症していない「隅角が狭い正常の人」への対応はどうすべきか。「隅角が狭い」というだけで「予防的処置」の適応になり得るか。

    急性緑内障の危険因子である「隅角が狭い人」は、実はたくさんおられます。ならば安心安全のため「隅角の狭い人」全員に「予防的処置」を施行すべきなのか。

    安易に “Yes” とは言えません。眼球に「侵襲」を与える処置を、安易に施行すべきではありません。

    医療施設が一切ない遠隔地に在住、緊急時の眼科受診が難渋と思われる「隅角の狭い人」に対しては「予防的処置」を施行しても良いのかもしれません。ただし “遠隔地” の定義は非常に難しいです。都市部でも「移動手段」のない方であれば「遠隔地在住」に当たるかもしれませんので。

    なお「白内障手術」は自動的に「予防的処置」になります。

    「白内障手術」すべきかどうかは、水晶体の濁り具合、視力等、諸々の判断材料を元にして決定します。決定の際「隅角の狭さ」も判断材料の1つに加えても良いのかもしれません。急性緑内障の「予防的処置」を兼ねての「白内障手術」といった感じです。

     

    そもそも「急性緑内障」の発症率はどれ位なのか?

    きちんとしたデータを見つけられず、正確なことは言えません。あくまでも個人的な実感として申し上げます。

    大学病院に在籍していた時、急性緑内障の実態を知りたく、半年ほど「急性緑内障」の患者さんがやってくれば率先して対応させてもらったことがあります。その際の実感を述べます。1週間に1例あったかどうかでした。

    つまり、それほど頻繁に発症する病気ではない、ということです。

    「急性緑内障」の処置は「型」としてしっかり決まったものがあります。適切な処置をすれば間違いなく解決します。そういった観点からは「予防的処置」は不要だと言えます。

    ただし、短時間とはいえ、急性緑内障による痛みに耐えてもらう「覚悟」をしてもらわなければなりません。かつ、短時間であっても、視神経はそれなりに障害されてしまいます。

    急性緑内障に対する「予防的処置」の議論は尽きないのです。正直、眼科医の間でも結論は出ておりません。

  27. まとめ

    何より大切なのは「眼」から発症する「強烈な頭痛」もあり得る、ということです。

    あまりの「強烈な痛み」に、眼科疾患と思えず他科を受診、結果、無駄な時間を過ごしてしまった症例が多々あります。「急性緑内障」の知識が少しでもあれば、こういった不幸な事態を防止できたのかもしれません。

    常日頃意識する必要はありません。ただ、少し知識があるだけでもこういった「非常事態」の際に役に立つのではと思われます。

    「急性緑内障」の事を、頭のほんの片隅にでもインプットして頂ければ幸いです。

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