*「緑内障禁忌」と「急性緑内障」には密接な関係があります。ゆえに前章と内容が被ってしまうことを、前置きさせていただきます。
「緑内障」に関して長々と記述してきました。
が、書いている本人が言うのもなんですが、緑内障はやはり「分かりにく病気」だと思うのです。その割に、一般社会での「緑内障」という名前の認知度は比較的高いのでは、と思われます。
認知度が高い理由の一つに以下の文言があるのでは、と個人的には考えています。
「緑内障禁忌」
薬剤の添付書に「副作用」の注意書きとして記載されています。なお「緑内障禁忌」の薬剤は “向精神薬” “総合感冒薬” “鎮痙薬” など、多岐にわたっています。
「緑内障禁忌」と言う記載はなされています。が、しかし
なぜ「禁忌」なのか
具体的にどういった「症状」が発症するのか
この「緑内障」が「急性」なのか「慢性」なのか
こういったことは、残念ながら一切記載されていません。そこで代わりに小生が解説させていただきます。
「禁忌」と記載されいている理由。それは「急性緑内障」を発症するからです。
「急性緑内障」とは、眼圧が突然急上昇、それによる「強烈な眼痛」の果てに「視神経」が大きく障害される病気です。
「急性緑内障」はどういった人に発症するか。
正解は「隅角が狭い人」です。そこに「緑内障」の既往の有無は関係ありません。
緑内障の患者さんであっても、隅角が広い「開放隅角緑内障」の患者さんであれば「急性緑内障」のリスクはほぼありません。その理由について解説します。
「隅角」とは何か?
「虹彩」と「角膜」が交わる部分を「隅角」と呼び、以下のごとく分類されます。
広いもの(30度以上)「開放隅角(広隅角)」
狭いもの(30度未満)「閉塞隅角(狭隅角)」
「隅角」には房水の出口があります。「虹彩」が「角膜」方面に移動しこの出口を塞いでしまうと、眼圧が急激に上昇、「急性緑内障」が発症してしまいます。
それゆえ「虹彩と角膜の距離」つまり「隅角の広さ」が「急性緑内障」発症のカギになります。
図3「広隅角(開放隅角)」ほどの広さがあれば「急性緑内障」はまず発症しません。つまり「緑内障禁忌」薬は禁忌ではなく、使用しても大丈夫です。
逆に図3「狭隅角」ほどの狭さだと「急性緑内障」発症のリスクは高くなります。「緑内障禁忌」薬はまさに「禁忌」となります。
「狭隅角禁忌」薬が禁忌か禁忌ではないか。これは「隅角の広さ」で決まります。「緑内障」の有無は一切関係ありません。
「急性緑内障」を発症し得ない「開放隅角緑内障」の患者さんにとっては「緑内障禁忌」のお薬は「禁忌」ではないことになります。しかし「緑内障」患者さんであることには変わりはありません。
「緑内障禁忌」なのに「緑内障」患者さんには大丈夫。矛盾が生じています。どう解釈すれば良いのでしょうか。
はっきり言います。間違いです。
正確には「狭隅角に禁忌」なのです。
物事には “原因” と “結果” があります。「禁忌」の前に相応しい言葉は “結果” ではなく “原因” の方です。
「急性緑内障発作」は “結果” 、「狭隅角」は “原因” です。
「禁忌」記載の意義とは。重篤な「副作用」を避けるための「指示」なのです。
「急性緑内障発作」という “結果” を避けるため、「狭隅角」という “原因” がある人に注意喚起をする。そういった「指示」であるべきなのです。
例えば「ホームラン」という “結果” を避けるためには「ど真ん中」という “原因” を回避せねばなりません。そのために「ど真ん中禁止」と指示するのは的確と言えます。しかし「ホームラン禁止」と指示されても、何をどうすれば良いものかさっぱり分かりません。
「緑内障禁忌」という記載は「ホームラン禁止」という指示と同じです。
緑内障の話に戻ります。「緑内障禁忌」ではなく「狭隅角禁忌」なのです。
病気はある日突然やってきます。何もない日常が一変します。いわば「災害」のようなものです。
「急性緑内障」も同じく、今まで「何もなかった人」に “災い” が生じます。
お薬の注意書きに「緑内障禁忌」の文面あり。「緑内障と言われたことがないから大丈夫」と思って内服。ところがその方は不幸にも「狭隅角」、結果「急性緑内障」を発症。
まさに “災い” です。「緑内障禁忌」という不正確な記載は、上記のような患者さんを生み出す元凶になり得るのです。
理想的には以下のような記載であるべきなのです。
「狭隅角禁忌」なぜなら「急性緑内障」を発症するから
本サイトでの、以降の表記は「緑内障禁忌」ではなく「狭隅角禁忌」とさせていただきます。
「狭隅角禁忌」薬が、なぜ「急性緑内障」を発症するか。それは「抗コリン薬」が含まれているからです。「抗コリン薬」には散瞳作用があり、この「散瞳」が「急性緑内障」のトリガーになり得ます。
「抗コリン薬」とは「副交感神経」を抑制するものです。「副交感神経」は身体を「リラックス状態」にします。「副交感神経」が抑制されると、身体は逆に「興奮状態」になります。
「興奮状態」は眼球にどのように働くか。虹彩が周辺に折りたたまれ「瞳孔」が開きます。「興奮状態」にあると「瞳孔」が開くイメージがあるかと思いますが、まさにその通りなのです。
ところで瞳孔が開く、つまり「散瞳」するときに発症しうる病気は何でしょうか?前章「誤解の根源」でお話ししました「急性緑内障」です。理由は「散瞳」でも隅角が狭くなるからです。
まずは「狭隅角」であることが前提になります。
「抗コリン薬」により「中程度散瞳」に。さらに何らかの原因で「水晶体前方移動」が加わることにより「瞳孔ブロック」発生。これにより「房水」の出口である「線維柱帯」が塞がり「房水」の流れが停止。結果、急激な眼圧上昇から「強烈な眼痛」ならびに「視神経障害」を発症。
これが「狭隅角禁忌」薬である「抗コリン薬」が「急性緑内障」を発症させる機序です。
「狭隅角禁忌」薬使用の可否を決定するにあたり、「隅角の広さ」をチェックすることが必須になります。この検査を「隅角検査」と呼びます。
「隅角検査」は眼科医が一般的に使用している「顕微鏡」と、隅角観察用の「特殊なレンズ」で行うことができます。眼科医なら誰でも施行できる検査です。
「隅角検査」ができなくても、その人の眼が「近視なのか遠視なのか」を知るだけで「隅角の広さ」を推察することができます。
「近視か遠視か」これは眼球の大きさで決まります。そして眼球の大きさは隅角の広さにも影響します。眼球が大きいとその分、隅角も広くなるのです。
基本、「遠視眼」の方が小さく「隅角も狭く」なります。
また、白内障手術により、隅角の広さが変化します。
白内障手術とは濁った『水晶体」を人工的な「眼内レンズ」に入れ替える手術です。なお「水晶体」と「眼内レンズ」の容積を比較すると、「水晶体」の方が明らかに大きくなります。
白内障手術により「大きい水晶体」から「小さい眼内レンズ」に入れ替わると、水晶体の前面にあった虹彩は、その容積差の分だけ後転し角膜から離れ隅角が開大、結果「急性緑内障」のリスクは低くなります。
まとめると「白内障手術」を施行されていない「遠視眼」は「急性緑内障」発症の可能性が高くなります。
では、そういった眼には「狭隅角禁忌」薬を一切使用できないのか。
そもそも「急性緑内障」の発症率はどれ位なのか?
残念ながら、きちんとしたデータを見つけられず、正確なことは言えません。あくまでも個人的な実感として申し上げます。
大学病院に在籍していた時、その実態を知りたく、半年ほど「急性緑内障」の患者さんが来院すれば率先して対応させてもらったことがありました。結果、1週間に1例あったかどうか、でした。
市中病院に3年間在籍していました。一般総合病院ですので全身麻酔やら胃カメラやら、「狭隅角禁忌」薬を使用する治療、検査が頻繁に施行されています。そんな中「急性緑内障」を発症しコンサルトを受けた例は1例あったかどうか、でした。
薬剤使用の鉄則は「メリット、デメリット(作用、副作用)」をしっかり見極める事です。これは「狭隅角禁忌」薬においても当てはまることだと思われます。
「狭隅角」だけが「急性緑内障」発症の要因ではないのです。漠然としてますが「ストレス」も要因の1つになります。
例えば「胃カメラ」等にて胃腸の動きを抑えるために使用される「ブスコバン」。これにより検査がスムーズに行うことができ、患者さんへの「ストレス」も軽減されます。そういったメリットがありますが、散瞳作用があるため「狭隅角禁忌」となっています。ゆえに「狭隅角」の患者さんへの投与は基本避けられます。
「ブスコバン」投与回避により「散瞳」による「急性緑内障」発症のリスクは避けることができます。しかし「ブスコバン」投与回避による生じる過度の「ストレス」が「急性緑内障」を誘発することもあり得るのです。
たとえ「禁忌」であっても、薬剤の「メリット」が優先されるべき状況もあり得るのでは。
そもそも「急性緑内障」に対する治療法はある程度確立しています。万が一「急性緑内障」が発症したとしても適切な対応で早急な解決が望めます。
「発症頻度が比較的稀である」「使用薬剤のメリット」「治療法確立」を考慮するに、「狭隅角禁忌」ではなく「狭隅角慎重投与」でも良いのでは、と個人的には考えております。
大事なのは「 “狭隅角禁忌” 薬で何が発症するか」を知っておくこと。万が一の時、適切な行動ができるかどうか、が非常に大事なのです。
結論です。
「緑内障禁忌」という曖昧かつ不正確な表記よりも、以下の方が適切ではないでしょうか。
「狭隅角禁忌」
「隅角が狭い方」がこのお薬を飲まれると強烈な眼痛、吐き気を催すことがあります。
そういった症状あればすぐに眼科を受診して下さい。