誤解から学ぶ緑内障

  数多の見解 生涯 “点眼” 継続 -今日の常識は明日の誤解に-

  1. まとめ

    緑内障の「誤解」について、長々と解説してきましたが、いよいよ最終章です。最後に緑内障の世界における現状の「常識」を、もう1つお伝えしておきます。

    「緑内障点眼剤の中止はできず、生涯継続が必要」

    患者さんの間でも眼科医の間でも共有されている「常識」だと思われます。これを将来的に「誤解」に変えることはできないか、そんな発想の転換に関するお話です。

    なお、個人的にはどんな緑内障であっても「点眼剤中止」にできるチャンスはあると思っています。が、現状の「常識」ゆえ、そういった思い切ったことは臨床の現場では自粛しております。

    しかし、そんな「点眼剤中止」が非常識である現状でも、緑内障の種類によっては「点眼剤中止」にできるものもあります。

  2. まとめ

    その前に、緑内障の分類のおさらいです。「緑内障ガイドライン」に沿ってみると、図2のごとく分類されます。

    今まで、メインで解説してきたのは一番目の原発緑内障のうち「慢性緑内障」についてです。また原発緑内障のうち「急性緑内障」に関しても7、8章で詳しく解説しました。

    この分類の中で、点眼を中止にできる可能性が高いものは

    「続発緑内障」

    「原発閉塞隅角緑内障(急性、慢性共に)」

    です。

    小児緑内障に関して説明すると非常に長くなるので、今回は触れずにおきます

  3. まとめ

    さて、続発緑内障です。

    「慢性緑内障」とは「視神経と視野に特徴的変化を有するもの」であり、眼圧が上昇しているとは限りません。

    ところが「続発緑内障」は何らかの原因があり「眼圧上昇」する病気です。具体的な眼圧値は定義には記載されていません。個人的には 25mmHg以上であれば眼圧下降を考慮します。

    「何らかの原因」とは。一例として「虹彩炎」という病気があります。読んで字のごとく「虹彩」の「炎症」です。

    「炎症」とは生体反応の一種で非常に身近なものだと思われます。たとえば皮膚を掻いたら「赤く」なる。蚊に刺されたら「赤く腫れて痒くなる」。火傷をしたら「水ぶくれ」ができる、などなど。風邪をひいて喉が腫れるのも炎症反応の一種です。

    「炎症」の正体は「血管の透過性亢進」です。血液には生体を守る様々な物質が含まれています。普段は血管の中を粛々と流れ続けています。ところが、生体に問題が生じると血管の壁に小さな穴ができ、そこから「諸々の物質」が染み出してきます。染み出してきた結果が「赤く腫れる」や「水ぶくれ」です。

    この「諸々の物質」は生体を守るための大切な物質が含まれており、非常に大切なものです。ただし、どうやら「微調整」が苦手なようで、有事の際は過度に染み出してしまいます。結果「充血」「痒み」といった不快な症状が発症します。

    眼球内も例外ではありません。何か問題が生じると「炎症反応」として眼球内にある血管から「諸々の物質」が染み出してきます。

    「虹彩」は血管が豊富な部位であり、ここから大量の物質が染み出します。どこに染み出すのか。眼球内の水「房水」中です。「炎症」が生じると「房水」は諸々の物質が溶け込んだ非常に「粘っこい」状態になります。

    房水が粘っこくなるとどうなるか。当然流出しにくくなります。すると房水が溜まってしまい「眼圧」が上昇します。

    これが「虹彩炎」が原因である「続発緑内障」の発症機序です。

  4. まとめ

    治療の主たる目的は「虹彩の炎症を抑えること」です。主に「ステロイド点眼剤」を使用します。

    「炎症を抑える」ことにより房水中の炎症産物が減少、房水は通常の「さらっとした」状態に戻り、これにより眼圧は下降します。それでも眼圧が下がらなければ「緑内障点眼剤」を使用します。

    つまり治療の主役は抗炎症薬である「ステロイド点眼剤」になります。「緑内障点眼剤」は脇役に過ぎません。

    さて、炎症も落ち着き眼圧も通常に戻った、さあ、どうするか。

    基本、ここで治療は一旦終了です。「ステロイド点眼剤」と同じく、緑内障点眼剤も中止することが出来ます。

    なお「炎症時の眼圧上昇」をきっかけに視神経に障害をきたし、視野に「緑内障性変化」が生じたとします。こういったケースをどう考えるか。

    「続発緑内障」における「緑内障性変化」は、炎症にて「眼圧上昇」している時にのみ進行、炎症が治った「通常の眼圧」時には進行しない、と考えています。加療は「炎症による眼圧上昇時」のみ必要、炎症が抑えられ眼圧が下がればその必要性はない、と。 

    つまり「続発緑内障」では、根本の原因である「炎症」が抑えられているならば、加療はいらないと考えています。

     

    「続発緑内障」においては点眼剤の中止は可能です。

  5. まとめ

    次に「慢性原発閉塞隅角緑内障」です。

    どんな緑内障であっても、いわゆる「緑内障手術」をすれば、点眼剤を中止にできます。しかし、「緑内障手術」には諸々副作用があり、「眼球」にかなりの負担を強いることになります。そういった負担なく点眼剤を中止にできないものか。

    原発緑内障のうち、隅角の狭いタイプ「慢性原発閉塞隅角緑内障」は、「白内障手術」のみで緑内障点眼剤を中止にできる可能性があります。

    考え方は7章8章で解説した「急性緑内障における白内障手術」と同じです。「白内障手術」により隅角を広げるのです。

  6. まとめ

    「隅角」とは何か?

    「虹彩」と「角膜」が交わる部分を「隅角」と呼び、以下のように分類されます。

    広いもの(30度以上)「開放隅角(広隅角)」

    狭いもの(30度未満)「閉塞隅角(狭隅角)」

    隅角が狭い「狭隅角」とは図6右のような状態です。

  7. まとめ

    隅角の構造をおさらいします。下の図のように虹彩と角膜内面が交わる付近に、「線維柱帯」と呼ばれる組織があり、ここから「房水」が流出します。

  8. まとめ

    狭隅角だとどうなるか、虹彩と線維柱帯の距離が近くなります。時には接触し「房水流出」を堰き止めてしまいます。この「堰き止め」が急激に発症し、かつその状態が継続するものが 「急性閉塞隅角緑内障」略して「急性緑内障」です。

    さて「慢性閉塞隅角緑内障」です。「急性緑内障」と同じく狭隅角ですが、急激な「堰き止め」は発症していません。がしかし「虹彩」と「線維柱帯」が接触しやすい状態であることには変わりないのです。この状況だけでも「房水」の流れが悪くなり、結果「眼圧」は “緩徐” に上昇します。

  9. まとめ

    虹彩と線維柱帯との距離を大きくすれば、「房水」の流れが良くなり「眼圧下降」が期待できます。その方法のうち最も有効的なものが「白内障手術」です。

    「白内障」とは虹彩の裏にあるレンズ「水晶体」が濁ってしまう疾患です。この濁った「水晶体」を取り出し、透明な「眼内レンズ」に入れ替えるのが「白内障手術」です。なお「水晶体」と「眼内レンズ」の容積を比較すると、「水晶体」の方が明らかに大きくなります。

    白内障手術により、「大きい水晶体」から「小さい眼内レンズ」に入れ替わると、水晶体の前面にあった虹彩は、その容積差の分だけ後転し角膜から離れる、つまり隅角が広がります。

    結果「房水」の流れが良くなり、その分、眼圧下降を期待できます。

    経過観察は必要です。その後の経過によっては点眼剤の再開もあり得ます。白内障手術をし点眼剤を中止にできたとしても、緑内障治療の基本である「緑内障性変化の進行が認められれば点眼追加」に準じて加療することに変わりはありません。

    その上で、「緑内障性変化」の進行がなければ、点眼剤は中止のままです。

    白内障手術をすれば「眼が新しく生まれ変わる」とイメージして下さい。それを機に、点眼剤も一度「リセット」しても差し支えないと思います。

  10. まとめ

    最後に残ったのが「開放隅角緑内障」です。全緑内障の大部分を占め、このサイト全体の主役でもあるタイプの「緑内障」です。この「開放隅角緑内障」においては、点眼剤を中止にできないのでしょうか?

    「開放隅角緑内障」の隅角は読んで字のごとく「開放」つまり「広く」なっています。隅角が広い、元々虹彩と角膜との距離が離れているがゆえ、その構造上、前述の「白内障手術による眼圧下降効果」は低いと思われます。

    ただし、白内障手術により眼球そのものの「カタチ」は変わります。その結果、「緑内障性変化」の進行具合が変化することはあり得るかもしれません。

    その効果の度合いに違いはあれど、「眼が新しく生まれ変わりリセット」される点は、前述の「閉塞隅角緑内障」と同様だと思われます。 。

  11. まとめ

    *以降は科学的根拠の乏しい、小生の私見的な内容になります。

    医学はどんどん進化します。緑内障診療も同じく、その「診断、検査、治療」は常に進化していきます。医師の仕事とは、「その進化をどんどん加速させて行くこと」なのです。きっとそうです。その逆である「後戻り的」な発想は医師にとって “禁忌” なのです。

    となると、「緑内障治療の中止」といった「後戻り的」な診療は、医師の仕事としては一番やってはいけないことなのです。

    もっとも、「医学全般」治療の目標が「症状改善」であるのに対し、「緑内障治療」の目標とは「症状現状維持」なのです。そういう観点から思うに、「緑内障治療」に対しては「医学全般」の世界とは違う発想が求められているかもしれません。

    本サイトの主役である「黒く欠け、眼圧がは高く、突然失明する」と誤解されている「慢性緑内障」。この「緑内障」に対する治療の常識は「点眼剤は生涯継続」です。

    「緑内障性変化」の進行を止め「現状維持」に抑えるためには点眼剤の継続は必須。中止はあり得ない。その「常識」を僕は否定しません。

    その上での提案です。

    緑内障治療の “目的” とは「生涯にわたり生活に影響が出ない視機能を維持すること」です。この「視機能を維持」が可能と、もし “確信” できたなら、点眼剤を中止しても良いのでは、という考え方はいかがでしょうか?

  12. まとめ

    例えば図12のようなスケジュールです。

    “X歳” の時、緑内障を発見され点眼剤を開始。結果「緑内障性変化」の進行は緩かに。そして、 “Y歳” の時、点眼剤なしでも「生涯にわたり生活に影響が出ない視機能を維持できる」と確信。ゆえに点眼剤中止。

    以後「緑内障性変化」は進行したものの「視機能を維持」できたまま天寿を全う。

    この考え方の最大の問題点は「寿命」が予測できないことです。同じく「緑内障性変化の進行速度」も予測は出来ません。そういった「予測」が出来ないから「生涯点眼剤継続」という “無難” な結論に落ち着いているのかもしれません。

    点眼剤なしでも大丈夫、と「確信」することは可能なのでしょうか。

    合理的に理性的に計算すれば、きっと可能でしょう。でも、その結果を人間の「感情」は受け入れることができるでしょうか。

    「AI」ならば、完璧な「確信」材料を与えてくれると思います。冷静に合理的に判断し、寸分の狂いなく、その人に合った「点眼剤スケジュール」を組んでくれると思います。おそらく将来的には、いや極めて近い将来には可能でしょう。まさに「オーダーメード医療」です。

    しかし、 “ニンゲン” の「感情」は、その「オーダーメード」を受け入れることができるでしょうか?患者さんはもちろん、医師も。

    が、闇雲に「生涯点眼」を受け入れるのではなく、そういった「寿命」の問題を意識することは大切だと思います。

    「眼圧」も「視神経の強さ」も年齢とともに変化するかもしれません。となれば、時には点眼剤を「リセット」し、その後の点眼剤使用方針を「再構築」することは、むしろ必要なことなのかもしれません。実際、使用年数が長くなるにつれ効果が減ずる点眼剤も存在します。

    「生涯点眼」と思い込むよりも「点眼剤中止もあり」と思った方が、希望がありませんか?

  13. まとめ

    そもそも点眼剤は本当に必要なのか、といった本末転倒な問題もあります。これは「データの読み方」の問題でもあります。

    図13は海外でのある「ランダム化比較試験」での結果です。

    「30%の眼圧下降により、緑内障性変化の進行を抑制」

    という、現況の緑内障治療の根拠になっているデータでもあります。

    データを読むにあたり、左下の「治療をすれば88%が進行しなかった」という結果に目を奪われがちです。

    しかし、右下の「治療しなくても65%が進行しなかった」という結果も事実なのです。

    この “88%” と “65%” その差をどう考えるかは、個々に委ねます。

    なお、左上「治療をしても12%が進行した」という結果も見逃してはいけません。

  14. まとめ

    あくまでも個人的な考えです。

    初期緑内障患者さんに関しては「慌てて治療する必要はない」と思っています。その前段階である「前視野緑内障」は言わんをや。

    じっくりと「経過観察」し、じっくりと「緑内障」について小生の思うところをお話させていただきます。その間に「緑内障性変化の進行」があればもちろん治療開始します。

    その期間が一年のこともあれば数年になることもあります。もしかしたら「生涯にわたる」かもしれません。

    初期緑内障の患者さんは概して ”40代、50代” 「アラフォー、アラフィフ」です。仕事にプライベートに子育てに、人生で一番忙しくかつ大切な時期です。その時期に「緑内障治療」に手間を取られるのは如何なものだろうか、と思ってしまうのです。

    「諸々落ち着いてから緑内障治療を始めても遅くないのでは」と。

    医師としては「失格」の考え方かもしれませんが。

  15. まとめ

    大事なことなので、もう少し具体的に述べさせていただきます。

    緑内障疑いの患者さん、視野検査少し初期症状あり、さて眼科医はどうするか。 「とりあえず点眼剤で眼圧下降」

    と、いった感じで "いきなり" 点眼剤を処方することが多々あるかと思います。が、個人的には "やや安易" と感じています。

    小生の方針は、まずは経過観察。なぜなら「眼圧」は日々変動します。季節でも大きく変動します。「点眼剤」開始し眼圧が下がったとて、季節変動で下がった可能性もあります。百歩譲って、いきなり点眼剤処方するにしても、まずは片眼から。これにより「眼圧の左右差」に変化を見ることにより点眼剤の効果を正しく判断出来ます。

    「視野検査」の結果は本当に正しいのか。「難しい」検査です。患者さんが上手く検査できていなかった可能性もあります。それゆえ後日再検査します。といっても数ヶ月先で十分です。緑内障で失明しようと思えば「30年」はかかります。

    なお、こういった「経過観察」は「小生の私見」ではありません。「日本緑内障学会」が作成した「緑内障診療ガイドライン」(いわば「日本における緑内障治療のスタンダード」)にもきちんと記載されています。

    本来なら日本の眼科医全員がこの「ガイドライン」通りに緑内障治療をするべきなのです。

    眼圧の季節変動チェック、視野検査の正確性の確認、などなどをしているうちに軽く半年、いや1年は経過します。その間に患者さんと色々お話しし、緑内障に関する理解を深めてもらいます。もちろん点眼剤に関する理解も。その期間が2年3年になり得ることもあります。

    患者さんにとってはそれくらいの期間は必要なのです。なにせ患者さん自身の「残りの人生」を決めることなのですから。

    医師側にとっても必要な期間なのかもしれません。患者さんの「残りの人生」を左右する “決断” になるのですから。

  16. まとめ

    もちろん「完全放置」というわけではありません。最低限「視野検査」は受けていただきたい。「緑内障診療」の方向性を最終的に決めるのは「視野検査」です。もっとも半年に一回で十分です。年に一回でも大丈夫かもしれません。できれば、数年の放置は避けていただいた方が良いかもしれません。

    守っていただきたいのはそこだけです。

    点眼が辛ければ「休む」のもありなのです。例えば4年に一度オリンピックの年には点眼を休む、とか、そういったサイクルもありなのです。

    頑張りすぎて息切れし、検査からも治療からも完全に遠ざかってしまうのが、1番の問題です。「ウサギとカメ」と一緒。関西弁で言うとことろの「ぼちぼち」な気持ちが、緑内障と付き合って行くにあたり大切だと思っています。

    人生の目的とは何か。「幸せであること」です。「緑内障治療」であるはずがない。「緑内障治療」はその目的のための「手段」に過ぎません。

    「手段」が「目的化」しないように、患者さんとが緑内障とが「ええ塩梅」に「ボチボチ」付き合えるように、そこに導くのが緑内障治療に従事する医師の仕事なのです。

    医療は患者さんにとっての “ミチシルベ” であるであるべしです。

    そして、この “ミチシルベ” は患者さんの人生を大きく左右する、そのことを我々医師は肝に命じるべきです。

    以上です。長々とありがとうございました。

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